【「発信できるほどの実践がない」と感じる理由】
「発信してみたい気持ちはある。
でも、自分には書けるほどの実践がない。」
ブログやSNSの発信を始めようとしたとき、ほとんどの先生が一度はここで止まります。
そして多くの場合、この感覚はとても誠実で、まじめな先生ほど強く抱きます。
けれど、この感覚の正体を少し分解してみると、実は“実践がない”のではなく、発信のハードルを高く設定しすぎていることが見えてきます。
今回は、「発信できるほどの実践がない」と感じてしまう理由を整理してみます。
理由①「実践=成功事例」と思っている
多くの先生が無意識にこう考えています。
- 成果が出た授業
- 完成度の高い単元
- 誰が見ても参考になる内容
つまり
発信=成功事例の公開
という前提が頭の中にあります。
だからこうなります。
- まだ改善途中だから書けない
- 成果が測れていないから書けない
- もっと良い実践ができてからにしよう
結果として、発信が永遠に先延ばしになります。
でも実際に読まれる記事は、必ずしも成功事例ではありません。
むしろ現場の先生が知りたいのは、
- 迷ったこと
- 試したこと
- うまくいかなかったこと
- 次どう変えたか
という思考の過程です。
理由②「研究論文レベル」を想像してしまう
発信と聞いた瞬間、頭の中に浮かぶのはこんな文章です。
- 研究紀要
- 実践論文
- 研修資料
- 校内研究の報告書
つまり
フォーマルな文章=発信
というイメージです。
だから「自分には無理」と感じます。
でもブログの発信は、本来もっと軽いものです。
たとえば:
- 授業後に考えたこと
- 板書を見返して気づいたこと
- 子どもの一言から考えたこと
これは日常的に誰もが頭の中でやっていることです。
ただ消えているだけです。
発信とは、特別な文章を書くことではなく、
消えていく思考を残すことに近い行為です。。
理由③「他の先生と比べてしまう」
SNSやブログを見ると、すごい実践が並んでいます。
- ICT活用
- 単元デザイン
- 学級経営
- 研究指定校の実践
それを見ると自然に思います。
「自分はまだこのレベルじゃない」
でもここで見落としがちなことがあります。
それは、発信している先生も最初は
小さな記録から始めているという事実です。
最初から大きな実践を書いていたわけではありません。
- 今日の気づき
- 小さな工夫
- 授業後の反省
それを積み重ねた結果、後から見たときに
「実践の蓄積」に見えるだけです。
発信は“結果”ではなく、過程の記録です。
理由④「役に立たなければいけないと思っている」
先生は「役に立つこと」に慣れています。
- 子どもの役に立つ授業
- 同僚の役に立つ資料
- 保護者の役に立つ説明
だから発信でもこう考えます。
「誰かの役に立つ内容でなければいけない」
でも実際には、発信の価値はそこだけではありません。
発信にはもう一つの大きな役割があります。
自分の思考を整理すること
書くことで
- なぜこの授業をしたのか
- 何を大切にしたのか
- 次は何を変えるのか
が言語化されます。
つまり発信は
他者のためだけでなく、自分のための行為でもあります。。
「実践がない」のではなく「記録していない」
ここまでをまとめると、
発信できない理由は
実践がないからではありません。
- 成功事例でなければと思っている
- 論文レベルを想像している
- 他人と比べている
- 役に立たなければと思っている
つまり
発信の基準が高すぎるのです。
本来の出発点はもっと小さくて大丈夫です。
- 今日の授業で考えたこと
- うまくいかなかったこと
- 子どもの一言からの気づき
それだけで、十分「発信の種」になります。
発信は「特別な人の行為」ではない
授業後に考える。
帰りの職員室で振り返る。
週末に「次どうしよう」と悩む。
先生は毎日、すでに発信の材料を生み出しています。
足りないのは実践ではなく、
消さずに残す習慣だけです。
発信は、特別な先生の行為ではありません。
日常の思考に小さな保存ボタンを押す行為です。
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