評価は子どものためにあるのかー評価の目的を、もう一度問い直す。ー

教育を考える
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通知表


通知表を書く時期になると、いつも少し立ち止まります。
この評価は、本当に子どものためになっているのだろうか、と。

もちろん評価は必要です。
学習状況を把握し、次の指導に生かすため。
保護者に学びの様子を伝えるため。
進級・進学の資料とするため。

理由はいくつもあります。
それでも、「誰のための評価なのか」という問いは、簡単には消えません。

評価は、誰に向けて書かれているのか


通知表や所見を書いていると、
無意識のうちに「読み手」を意識しています。

・保護者にどう伝わるか
・学校としてどう見られるか
・次の担任がどう受け取るか

こうした視点は当然必要です。
しかし気づくと、子ども本人の姿が後ろに下がってしまうことがあります。

評価は本来、学びを支えるためのもの。
けれど実際には、説明責任や記録の役割も大きくなっています。

このズレに、違和感を覚えることがあります。

評価は「結果」を伝えるものなのか


テストの点数、観点別評価、評定。
学校の評価は、どうしても「結果」を示す形になります。

できた/できなかった
到達した/到達していない

しかし、教室で日々見ているのは、結果だけではありません。

・何度も挑戦していた姿
・友達の考えを聞いて変わった瞬間
・自信がなかった子が手を挙げた場面

学びは、本来とても過程的です。
それなのに評価は、どうしても最終的な状態を切り取ります。

このギャップに悩む先生は多いのではないでしょうか。

評価が行動を決めてしまう


評価には、もう一つ大きな力があります。
それは、子どもの行動を方向づける力です。

評価されることは、子どもにとって重要な情報です。
だからこそ、子どもは評価に合わせて行動します。

・点数が取れる勉強をする
・評価されそうな発言をする
・間違えない方法を選ぶ

これは自然な反応です。
しかし同時に、学びが「評価に最適化」されてしまう危うさもあります。

評価は、学びを支えるものでもあり、
学びの方向を狭めてしまう可能性も持っています。

それでも評価は必要である


ここまで書くと、評価が悪いもののように見えるかもしれません。
けれど、評価をなくすことはできません。

評価があるからこそ、
学びを振り返り、次につなげることができます。

大切なのは、評価をなくすことではなく、
評価の「目的」を見失わないことなのだと思います。

評価は、子どもを選別するためではなく、
子どもの学びを支えるためにある。

この原点を、何度も確かめ続ける必要があります。

評価は子どもに返っているか


評価を考えるとき、最後に残る問いがあります。

この評価は、子どもに返っているだろうか。

・次に何を頑張ればよいかが分かる
・自分の成長を実感できる
・学び続けようと思える

もし評価が、子どもの次の一歩につながっていないなら、
それはまだ途中なのかもしれません。

評価は記録ではなく、学びの一部。
そう考えたとき、評価の見え方は少し変わります。

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