よくある一言
授業中、必ず生まれていた子がいました。
「先生、終わりました」
まだ説明の途中。
まだ半分以上の子が取り組んでいる途中。
その一言を聞くたびに、私は少し焦っていました。
いつも繰り返されていた“あの時間”
その子は悪くありません。
むしろ、よくできる子です。
問題は、その後に必ず訪れる時間でした。
「じゃあ、これやって待ってて」
「ドリルの続きやってて」
「静かに本を読んでて」
そう言いながら、私はいつも思っていました。
この時間、学びになっているのだろうか。
・退屈そうにする子
・周りに話しかけ始める子
・何をしていいか分からずぼんやりする子
そして授業後、必ず感じる小さな後悔。
「早く終わる子ほど、学びが薄くなっている気がする」
個別最適な学び=タブレットだと思っていた頃
GIGA端末が入り、私は期待しました。
「これで解決するはずだ」
・AIドリルを入れれば
・追加課題をデジタルで配れば
・個別課題を出せば
早く終わる問題は消える。
そう思っていました。
でも、現実は違いました。
早く終わる子は
デジタルでも早く終わる。
そしてまた聞こえる。
「先生、終わりました」
私はようやく気づきました。
問題はICTではなかった。
授業設計そのものだった。
「終わりがある課題」は早く終わる子を生む
考えてみれば当たり前でした。
これまでの授業はずっと同じ構造でした。
・同じ課題
・同じゴール
・同じ終了ライン
つまり授業は、最初からこう設計されていたのです。
“早く終わる子が必ず生まれる構造”
どんなICTを入れても、
ゴールが1つなら、早く到達する子は必ず出ます。
ここで、やっと発想が変わりました。
「終わらない課題」に変えてみた
私が変えたのはICTではありません。
課題の形でした。
Before
・問題を解く
・ワークを終わらせる
・プリントを完成させる
After
・どこまで深められるか
・どんな方法を選ぶか
・何を追加で考えるか
つまり
ゴールを1つにしない授業
に変えたのです。た。
すると、あの言葉が消えた
不思議なことが起きました。
あれほど聞いていた言葉を、
ほとんど聞かなくなったのです。
「先生、終わりました」
代わりに増えた言葉。
「先生、これ見てください」
「別のやり方思いつきました」
「もう一問作っていいですか?」
終わる子が消えたわけではありません。
終わるという概念が消えたのです。
個別最適は「個別課題」ではなかった
個別最適な学びは
一人一人に別の課題を配ることだと思っていました。
でも実感したのは、全く違うことでした。
個別最適とは
同じ課題でも、到達点が違ってよい授業
だったのです。
文部科学省も、個別最適な学びを
「子どもの特性や進度に応じて学習を進めていく学び」と示しています。
つまり本質は
・課題の数ではなく
・教材の種類でもなく
学びの広がり方の設計
でした。
ICTは「広げる道具」だった
ここで初めてICTが生き始めました。
・自分で調べる
・考えを記録する
・別の方法を試す
・友達の考えを見る
ICTは
「早く終わった子の暇つぶし」ではなく
学びを広げるための道具
になったのです。
一斉か個別かで悩まなくなった理由
昔の私は、ずっと悩んでいました。
・一斉指導がいいのか
・個別学習がいいのか
でも今は、ほとんど悩みません。
なぜなら
一斉で始まり、個別に広がる授業
になったからです。
同じスタート。
違う広がり。
その設計をした瞬間、
「早く終わる子」という存在は
授業から自然に消えていきました。
気になるところから、読んでみてください
一斉と個別を対立させない授業の考え方。☝️
個別最適の具体的な授業設計。☝️
ICTが活きる授業の条件とは。☝️



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