感じた違和感
学習指導要領は、教師になって最初に「読まなければならないもの」として出会う文書の一つです。
研修や校内研究でも、「まずは学習指導要領を読みましょう」という言葉を何度も耳にしてきました。
だから長い間、私はどこかでこう思っていました。
学習指導要領とは、理解してから実践するものなのだと。
けれど、教室に立ち続ける中で、少しずつ違和感が生まれてきました。
本当に、学習指導要領は「読むもの」なのでしょうか。
学習指導要領は、なかなか読めない
正直に言うと、学習指導要領は簡単に読める文書ではありません。
文章は抽象度が高く、具体的な授業場面はほとんど出てきません。
一文を理解するために、何度も読み返すこともあります。
そして多くの場合、読み終えたときに残るのは
「分かった気がする」
という感覚です。
けれど次の日、教室に立ったときに思います。
これは、今日の授業でどう使えばいいのだろう。
ここに、小さな距離があります。
「読んだ」と「使える」の間にあるもの
学習指導要領を読むことは大切です。
それは間違いありません。
ただ、現場で感じるのは、
読むことと使えることは別だという実感です。
・読んだ
・理解したつもりになった
・でも授業は昨日と大きく変わらない
この経験は、多くの先生が一度は持っているのではないでしょうか。
つまり学習指導要領は、
「読む → 分かる → 授業が変わる」
という一直線の流れにはなりにくいのです。
実践の中で意味が立ち上がってくる
不思議なのは、学習指導要領を授業づくりの中で何度も見返すようになると、急に読み方が変わることです。
授業づくりで悩んだとき
評価の方法に迷ったとき
子どもの反応に違和感を持ったとき
そのタイミングで学習指導要領を開くと、以前は見えていなかった言葉が目に入ります。
同じ文章なのに、意味が変わって見える。
これはおそらく、
理解が深まったというより、
文書と実践が結びつき始めたのだと思います。
学習指導要領は「読むもの」ではなく「往復するもの」
もしかすると、学習指導要領は最初から
「読むだけで理解できるもの」
として作られてはいないのかもしれません。
むしろ、
読む → 実践する → 立ち止まる → また読む
この往復の中で、少しずつ意味が立ち上がってくる文書なのではないか。
そう考えるようになりました。
もしそうだとしたら、
最初から完全に理解しようとする必要はないのかもしれません。
分からないままでも、授業をつくっていい。
むしろ、その方が自然なのかもしれません。
読むことの目的が少し変わる
学習指導要領を「理解するために読む」と考えると、どうしても重たい文書になります。
けれど
「授業づくりの途中で戻ってくる場所」
と考えると、少し見え方が変わります。
すべてを理解する必要はない。
ただ、必要になったときに立ち返れる場所であればいい。
そう考えたとき、学習指導要領は
遠い存在から、少しだけ近い存在になります。
それでも、やはり読む必要はある
もちろん、読まなくてよいという話ではありません。
むしろ逆で、何度も読む必要があるのだと思います。
ただしそれは、
一度で理解するためではなく、
実践と往復するために読むということ。
読むことの意味が少し変わるだけで、学習指導要領との距離感は大きく変わります。
学習指導要領との距離をどう取るか
学習指導要領は、教育の方向を示す大切な文書です。
けれど現場に立つと、その距離感に迷うことがあります。
遠すぎても使えない。
近すぎても苦しくなる。
だからこそ、
「読み続けながら、使い続ける」
という関係がちょうどいいのかもしれません。
学習指導要領は、
一度読み終えて終わる本ではなく、
何度も開き直すための文書。
そう考えると、少しだけ気持ちが軽くなります。
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一つの問いから、また別の問いが生まれていきます。
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