「忙しいのは、自分の工夫が足りないからかもしれない。」
教員として働いていると、一度はそう思ったことがある気がします。
時間の使い方を見直そう。
効率化を意識しよう。
無駄を減らそう。
実際、働き方に関する研修や資料でも、時間管理や業務改善がよく取り上げられます。
もちろん、それらは大切です。
けれど、ふと立ち止まって考えることがあります。
教員の忙しさは、本当に努力不足なのでしょうか。
忙しさを「個人の問題」として考えてしまう
忙しさについて話すとき、私たちはつい個人の工夫に目を向けます。
・仕事の進め方
・優先順位の付け方
・ICTの活用
・業務の効率化
どれも重要で、改善できる余地もあります。
だからこそ、「もっとできることがあるのでは」と考えてしまいます。
しかし、どれだけ工夫しても忙しさが消えないとき、
少し別の視点が必要なのかもしれません。
業務が増えていく構造
学校の仕事は、年々減っているわけではありません。
むしろ、少しずつ増えています。
・ICT活用の推進
・個別最適な学びへの対応
・記録や評価の充実
・保護者対応の多様化
・校内外の研修
一つ一つは大切で、必要な取り組みです。
けれど、それらは既存の業務に追加される形で入ってきます。
何かが大きく減るわけではないまま、
新しい役割が増えていく。
忙しさは、この積み重ねの中で生まれています。
「授業以外の仕事」が多いという実感
教員の仕事は授業だけではありません。
むしろ、授業以外の時間が多くを占めます。
・教材研究
・学級経営
・行事準備
・会議
・事務作業
授業の質を高めようとすれば、準備の時間が必要です。
子どもに丁寧に関わろうとすれば、記録や振り返りの時間も必要です。
つまり、忙しさは授業と無関係ではなく、
授業を支える仕事の多さと結びついています。
働き方改革が進んでも残る実感
働き方改革が進み、環境は少しずつ変わっています。
業務削減やICT活用も進んでいます。
それでも、忙しさの実感が完全に消えるわけではありません。
なぜなら、学校の仕事は人を相手にする仕事だからです。
子どもの状況は日々変わります。
予定通りに進まないことも多くあります。
人と関わる仕事には、
あらかじめ決めきれない時間が存在します。
努力では埋まらない時間
効率化できる仕事もあります。
ICTで短縮できる業務もあります。
けれど、短縮できない時間もあります。
・子どもの話を聞く時間
・悩みを共有する時間
・関係を築く時間
これらは、削ることが難しい時間です。
むしろ、教育にとって大切な時間です。
忙しさの中には、
削れない時間が含まれています。
忙しさの捉え方を変える
忙しさをすべて個人の努力の問題として捉えると、
解決できない苦しさが生まれます。
一方で、すべてを環境の問題とすることもできません。
個人の工夫と、仕事の構造。
その両方を見ていく必要があります。
忙しさを「努力不足」と決めつけるのではなく、
どこから生まれているのかを考えること。
それが出発点なのかもしれません。
忙しさの中で何を大切にするか
時間は限られています。
すべてを完璧に行うことはできません。
だからこそ、問いが生まれます。
何を大切にするのか。
どこに時間を使うのか。
忙しさは消えないかもしれません。
けれど、その中で何を選ぶのかは考え続けることができます。
忙しさをどう捉えるか。
そこから、働き方の問いは始まるのかもしれません。
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