教育DX政策を現場から見て感じる違和感
教育DXという言葉を、見聞きしない日はほとんどなくなりました。
文部科学省の資料、教育委員会の研修、学校内の会議。
どこでも「教育DXが進んでいる」という言葉が使われています。
そして実際、環境は大きく変わりました。
1人1台端末、クラウド、デジタル教材。
数年前と比べれば、教室の風景は確実に変化しています。
それでも、教室に立っていると、ときどき小さな違和感を覚えます。
教育DXは進んでいるはずなのに、
なぜか手応えがはっきりしない瞬間があるのです。
確実に「進んでいる」という実感
まず前提として、教育DXは確実に進んでいます。
端末が日常的に使われるようになり、
児童がクラウド上で資料を共有し、
授業でデジタル教材を活用する。
数年前には難しかったことが、今は当たり前になりました。
この変化はとても大きく、
現場にとって重要な前進であることは間違いありません。
だからこそ、なおさら不思議なのです。
なぜ、心のどこかに引っかかりが残るのでしょうか。
「できること」が増えたのに、迷いも増えた
端末が整備され、使えるツールが増えました。
できることは確実に広がっています。
・共同編集
・即時共有
・動画や画像の活用
・学習履歴の蓄積
しかし同時に、こうした問いも増えていきました。
これは本当に学びを深めているのだろうか。
使うこと自体が目的になっていないだろうか。
授業は良くなっているのだろうか。
「できること」が増えた分、
「どう使うか」という迷いも増えたのです。
政策の言葉と、教室の時間の流れ
教育DXの資料には、多くの魅力的な言葉が並びます。
個別最適な学び
協働的な学び
データ活用
学習の最適化
どれも大切で、目指したい方向です。
けれど教室の時間は、とても具体的です。
45分の授業
目の前の子どもたち
今日の単元
明日の評価
政策の言葉は未来を語りますが、
教室は常に「今日」を動いています。
この時間感覚の違いが、
小さな距離を生んでいるのかもしれません。
「導入」と「定着」のあいだ
教育DXは「導入」は急速に進みました。
しかし「定着」はこれからの段階にあります。
端末はある。
環境もある。
使うこともできる。
では、それが授業の質をどう変えたのか。
この問いに答えるのは、簡単ではありません。
導入は目に見えます。
けれど定着は、時間をかけて少しずつ現れるものです。
違和感の正体は、
この途中段階にいる感覚なのかもしれません。
違和感は「遅れ」ではないのかもしれない
教育DXの話になると、
「現場の理解が追いついていない」
という言葉を耳にすることがあります。
けれど、現場で感じる違和感は、
単なる遅れではないように思います。
むしろ、
実際に使い続けているからこそ生まれる問い。
理想と現実の間で、
どうすればよいか考えている途中の感覚。
違和感は、変化の途中にいる証なのかもしれません。
違和感の中にいるということ
教育DXは、これからも進んでいきます。
技術も、政策も、環境も変わり続けます。
その中で現場は、
すぐに答えを出せない問いを抱え続けます。
けれど、その状態は決して後ろ向きではありません。
むしろ、問いを持ち続けているからこそ、
教育DXは実践に近づいていくのだと思います。
教育DXが進んでいると言われる今、
現場はまだ考え続けている途中です。
そして、もしかするとそれこそが、
最も自然な姿なのかもしれません。
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一つの問いから、また別の問いが生まれていきます。
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