【「この授業で何を育てたいのか」が曖昧なときに立ち返っている3つの視点】
何かが違った
授業案を書いていて、
ふと手が止まることがあります。
発問も考えた。
活動も組み立てた。
ICTの使い方も決めた。
でも——
「この授業で、結局何を育てたいんだろう。」
言葉にできないまま、
なんとなく流れだけが整っていく。
そんなとき、私は一度立ち止まります。
完成された答えではありません。
現場で揺れながら、何度も書き直してきた思考のメモです。
視点① 子どもの“どんな姿”を見たいのか
最初に立ち返るのは、
目標の文言ではなく、「姿」です。
・自分の言葉で説明している姿
・友達の意見に迷っている姿
・考えが変わる瞬間の表情
通知表に書く言葉ではなく、
教室で実際に見たい姿。
ここが曖昧なままだと、
授業は「活動の集合」になります。
姿が浮かぶと、
不要な活動が自然と削れていきます。
視点② この教材だからこそ育てられるものは何か
次に考えるのは、
「この単元だからこそ」の部分です。
他の教材でもできることなら、
今この時間で扱う必然性が弱い。
・この物語だから揺れる価値観
・この資料だから生まれる問い
・この題材だから起きる葛藤
教材の特性に触れないまま進めると、
授業は平坦になります。
育てたい力を教材の中に見つけられたとき、
授業の軸が少し太くなります。。
視点③ その力は、どこで可視化されるのか
最後に考えるのは、
「育ったかどうかは、どこで見えるのか」ということです。
ワークシートでしょうか。
対話の中の一言でしょうか。
振り返りの文章でしょうか。
ここが曖昧だと、
評価が“雰囲気”になります。
逆に、
「ここで見取る」と決めると、
問いも活動も整理されていきます。
曖昧さは、悪いことではない
正直に言えば、
毎時間明確なわけではありません。
むしろ、
曖昧になるからこそ考える。
授業づくりは、
完成させる作業ではなく、
問い直し続ける営みだと思っています。
立ち返るためのメモ
私はノートに、こんな3行を書いています。
- 今日、どんな姿を見たい?
- この教材だから育つものは?
- それはどこで見える?
答えがきれいに揃わなくてもいい。
少し言葉にできるだけで、
授業の輪郭ははっきりします。
最後に
「この授業で何を育てたいのか」
すぐに言えない日があってもいいと思っています。
大事なのは、
曖昧なまま進めるのではなく、
一度立ち止まること。
この記録が、
あなたの授業づくりを見つめ直す時間につながればうれしいです。
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