【「いい先生」をやめたら楽になった話|教員が壊れる理由】
いい先生
若い頃の私は、
「いい先生」になろうとしていました。
子どもに優しく。
保護者に丁寧に。
同僚に協力的に。
授業も全力。
学級経営も全力。
でも、
頑張れば頑張るほど苦しくなりました。
仕事は増える。
帰れない。
休日も仕事。
頭の中は学校のことばかり。
そして気付いたのです。
私を苦しめていたのは仕事ではなく、
「いい先生でいようとする自分」だった。
今回は、
教員が壊れてしまう本当の理由について考えてみます。
「いい先生」の定義が曖昧すぎる
まず考えたいことがあります。
いい先生とは何でしょうか。
- 授業が上手い先生?
- 優しい先生?
- 保護者対応が上手い先生?
- 子どもに人気の先生?
人によって答えが違います。
つまり、
正解が存在しない。
にもかかわらず、
私たちは正解を追い続けています。
教員は加点方式で仕事が増える
学校には特徴があります。
頑張れば頑張るほど仕事が増えます。
例えば、
- 丁寧に保護者対応する
- 行事を工夫する
- 掲示物を作る
- 通信を充実させる
全部素晴らしいことです。
でも、
誰かが
「そこまでやらなくてもいい」
とは言ってくれません。
結果として、
いい先生を目指すほど仕事が増えます。
「断れない先生」が一番危ない
いい先生になろうとすると、
頼まれた仕事を断れなくなります。
- 学年の仕事
- 校務分掌
- 委員会
- 研究授業
気付けば、
自分の仕事で一杯になります。
そして、
一番後回しになるのが自分です。
子どものためが自分を追い込む
教員はよく言います。
子どものためだから。
もちろん大切な考え方です。
でも、
この言葉には危険な側面もあります。
子どものためと言われると、
どんな仕事も断りにくくなるからです。
結果として、
限界まで頑張る。
そして燃え尽きる。
私がやめたこと
私はある時から、
いい先生になることをやめました。
正確には、
「全員にとってのいい先生」
になることをやめました。
すると楽になりました。
全員に好かれなくていい。
全員を満足させなくていい。
完璧な授業をしなくていい。
そう考えられるようになったからです。
「いい先生」より「続けられる先生」
学校には、
すごい先生がいます。
授業も上手い。
行事も上手い。
仕事も速い。
でも、
その先生と比較しても意味がありません。
大切なのは、
明日も学校へ行けること。
です。
どれだけ優秀でも、
心や体を壊してしまえば続きません。
子どもが求めているのは完璧な先生ではない
振り返ると、
子どもたちは意外と細かいことを見ていません。
覚えているのは、
- よく笑っていた先生
- 話を聞いてくれた先生
- 認めてくれた先生
だったりします。
教材研究に3時間かけたことは覚えていません。
学級通信のデザインも覚えていません。
だからこそ、
私たちは
完璧さではなく、
関係性に力を使うべきなのかもしれません。
本当に怖いのは壊れること
今の学校現場で一番怖いのは、
仕事が多いことではありません。
頑張る人から壊れていくことです。
真面目な先生。
責任感のある先生。
子ども思いの先生。
そんな人ほど危ない。
だから私は伝えたいです。
「いい先生」を目指さなくていい。
その代わり、
「続けられる先生」を目指してほしい。
まとめ
教員が壊れる理由は、
仕事量だけではありません。
「いい先生でいなければならない」
という思い込みも大きな原因です。
今回のポイントはこちら。
- ✅ いい先生に明確な定義はない
- ✅ 頑張るほど仕事は増える
- ✅ 子どものためが自分を追い込むこともある
- ✅ 全員に好かれる必要はない
- ✅ 続けられる先生の方が価値がある
教育は長い仕事です。
だからこそ、
完璧を目指して燃え尽きるより、
少し肩の力を抜いて続けることが大切です。
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